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大阪高等裁判所 平成元年(う)1075号 判決

国籍

朝鮮(全羅南道宝城郡芦洞面新泉里)

住居

滋賀県愛知郡愛知川町大字愛知川七九六番地の七

砂利採取販売業、遊技場及び飲食業

安田こと安千一

一九三一年一一月六日生

右の者に対する所得税法違反、法人税法違反被告事件について、平成元年八月四日大津地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人及び検察官から各控訴の申立てがあったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官安部正義、同冨村和光、同松岡幾男各出席

主文

原判決中、被告人安田こと安千一に関する部分を破棄する。

同被告人を懲役二年及び罰金二億円に処する。

同被告人において、右罰金を完納することができないときは、金四〇万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用は全部同被告人の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、検察官福岡晋介作成並びに弁護人浜田博作成の各控訴趣意書各記載のとおりであり、これらに対する各答弁は、検察官安部正義各作成の答弁書及び同補充書並びに弁護人浜田博、同家藤信正、同木村靖連名作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

第一弁護人の控訴趣意 事実誤認の主張について

一  論旨は、要するに、原判決の認定した原判示第一の一ないし三の所得税法違反の各年の総所得金額のうち、以下に述べるとおりそれぞれ各科目から減額すべきであって、この点において、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。

1  売上勘定について、株式会社大中組(以下「大中組」という。)に対する売上げ中、昭和五六年四月の分五〇〇万円、株式会社秋村組(以下「秋村組」という。)に対する売上げ中、昭和五四年の分一月一八日二〇〇〇万円、一月二〇日二〇〇万円、一二月二六日一七六九万三一四七円、同五五年の分二月二〇日二〇〇〇万円、八月一九日三〇〇万円、一二月四日二〇〇万円及び同五六年の分三月二三日二〇〇〇万円、九月二八日三二八万円、一二月五日二三〇〇万円、一一月二〇日一五〇〇万円は、いずれも架空売上げであるのに、原判決はいずれもそれぞれをその年の売上げとして認定計上しているから、これらを原判決の認定した各年の売上げから除外すべきである。

2  原判決は、被告人は山土等を工事現場に搬入するにとどまらず、併せて盛土掘削等の工事も受注したとして請負工事を認定し、未完工事勘定を計上しているが、その証憑書類とされている注文書等の記載から請負契約を認定することはできず、被告人の原審公判供述に照らしても、いずれも売買と認められるから、未完工事の金額を仕入代金として計上すべきであり、その金額は、昭和五四年分一七六五万三五四七円(弁護人が控訴趣意書別表1で主張する四一四九万四二三二円は誤算と認める。)、同五五年分二〇六一万三一九七円及び同五六年分四一四九万四二三二円となる。

3  原判決は、在日本朝鮮人滋賀県商工会(以下「県商工会」という。)に対して昭和五四年ないし同五六年の各年に会費として支払った各六〇〇万円、賛助金として支払った各四〇〇万円をいずれも寄附金であるとしているが、これらはいずれも経費となる会費であるから、それぞれの年の分の支払会費勘定に計上すべきである。

4  原判決は、被告人の経営するパチンコ店マンモス城(以下「マンモス城」という。)について、青木茂(以下「青木」ともいう。)に賃料として支払った昭和五四年の分四〇五〇万円、同五五年の分四三〇〇万円及び同五六年の分八六五〇万円について、マンモス城の土地建物はいずれも実質は被告人の単独所有であるから賃料は発生していないとしているが、マンモス城の土地建物は被告人と青木の共有であるから、同人に支払った右金額を賃料勘定に計上すべきである。

以上のとおり主張する。

二  そこで、所論及び検察官の答弁にかんがみ記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討する。

1  架空売上げについて

(一) 大中組の昭和五六年分の五〇〇万円について

原判決の「弁護人の主張に対する判断」の「第一 砂利部門の架空売上げについて」「三 大中組に対する架空売上げについて」の「2」(以下、特に断らない場合は、「弁護人の主張に対する判断」中の項目である。)における認定判断は、関係証拠に照らし、おおむね是認することができる。大中組の代表取締役大中武二は、大蔵事務官に対する質問てん末書(検甲九八。作成者の署名押印を欠くが、検察官から原審第一回公判において大蔵事務官に対する質問てん末書として証拠調請求があり、弁護人が同第二回公判において、いったんこれを不同意としたものの、同第七回公判において不同意を撤回し、採用取調べが行われたものであり、その体裁からみても、大蔵事務官に対する質問てん末書であると認められる。)において、具体的理由を挙げて、被告人に依頼して、安田組に架空売上げを計上してもらったり、支払った代金から架空分を返金してもらったことはないと供述しており、この供述の信用性を否定すべき事情は認められない。したがって、弁護人主張の五〇〇万円は具体的工事の代金の一部として認められ、架空売上げだとは認め難い。もっとも、原判決は大中組に対する昭和五四年六月請求にかかる二四八〇万円のうちの一六三〇万円について架空売上げではないかとの合理的疑いが残るとしているが、この認定判断には疑問があり、いずれにしても、大中の前示質問調書の信用性を左右するものとはいえない。

(二) 秋村組に対する架空売上げについて

関係証拠によれば、原判決の「第一 砂利部門の架空売上げについて」の「四 秋村組に対する架空売上げについて」の「2の(一)ないし(一五)」における認定判断は、関係証拠に照らし、おおむね是認することができる。

秋村組の代表取締役秋村田津夫は、検察官に対する供述調書において、秋村組は滋賀県から土木一号(A)の資格認定を受けており、近江八幡税務署から準優良法人の認定も受けているが、交際費が欲しかったので、被告人に頼んで、請負工事について二回だけ架空売上げを計上してもらったことがあり、最初は、昭和五六年二月請求の小田第四工区と小田第五工区で合わせて二〇〇〇万円水増しをさせ、同年三月一〇日から一ないし二箇月後に返金を求め、被告人と一〇〇〇万円ずつ折半して取得し、二回目は昭和五七年三月ころの請求分である、この二回分以外にはなく、被告人と対質してもよいなどと述べている。この秋村の供述は、具体的であり、信用することができる。右のうち昭和五六年二月請求分については、売上げから除外されていることは明らかであり、二回目の分は本件対象年外であるから、結局、右秋村の述べる架空売上げ分は本件に関係なく、そうすると、同人の供述にあるとおり、他に架空売上げがないといえる。

(三) 所論は、大中組及び秋村組について、所論架空売上げ分が実際取引であれば、自動車運搬日報等があるはずであると主張する。しかし、自動車運搬日報、傭車台帳が必ずしもすべてが完全に保管されていたとは思われない上、その内容がほとんど山ズリ又はズリとなっており、僅かにユンボの回送が内容となったものがあり、ごく少数のものは、山ズリ又はズリが書き込まれた運転日報に砕石や割石が書き込まれているだけであり、売上元帳の記載と対比して、砕石だけ等の場合は運転日報が作成されないことも窺われる。そして、これらの証拠は、被告人の側から提出されたものであり、自動車運搬日報等がないからといって直ちに架空であるとの合理的疑いが生じるものではない。また、売上元帳等の記載や保存が不完全であることも否定することができない。原判決の認定手法が違法不当ということはできない。

2  砂利部門の期首・期末未成工事について

所論は、個々の未成工事に言及することなく、そもそも、安田組では請負工事はしていないと主張するもののようである。しかし、原判決が「第二 砂利部門の期首・期末未成工事について」において認定判断するところは、関係証拠に照らし、おおむね是認することができる。そもそも、安田組では、売上元帳の用紙に「砂利採取販売埋立請負業」と印刷しており、請負も事業内容としていたことは否定できない。また、被告人も、大蔵事務官に対し、安田組の事業には、砂利等の販売のほか、請負工事のあることを具体的に供述している。そして、大蔵事務官寺谷雄児各作成の昭和五八年一月二一日付け(検甲二三)、同年二月二三日付け(検甲二五)及び同月二四日付け(検甲二四)各査察官調査書等によれば、請負とされる個々の工事が明らかにされている。そして、それらが請負であるかどうかについては、安田組の取引先である株式会社共栄組の代表取締役橋本善雄、有限会社桂甚の桂田光三郎、シンショー工業の南勝三、中村組の中村基東、勝建設の松山勝義、芳井工務店の芳井林之丞、大兼工務店の畝田恒三、畑中建設の澤井孫一らが大蔵事務官に対する各質問調書の中で供述しているところであって、これらによれば、それぞれ安田組に本件未成工事等を下請けさせていたというのであるから、これらの点を総合すると、本件において未成工事とされた分はすべて請負であったと認められ、したがって、未成工事勘定を認めるのが相当である。

3  在日本朝鮮人滋賀県商工会に対する会費の必要経費性について

当裁判所も、原判決が「第三 在日本朝鮮人滋賀県商工会に対する会費の必要経費性について」として説示するところは、おおむね正当として是認することができる(原判決の「在日本朝鮮人滋賀県商工会」は、「県商工会」のことである。)。

まず、在日本朝鮮人商工連合会規約第一一条には「会員は、所定の分担金と会費を納付する義務がある。」、第三六条には「本会の経費は、一般会費・分担金・賛助金及び事業利得金で充当する。」とあるほか、第三三条では「地域商工会機関に関する規定は、地方商工会機関に準ずる。」とそれぞれ規定されていることが認められるが、県商工会会長趙南聖の回答書によれば、同会においては独自の規定がないことが明らかであり、本件のような高額の会費、賛助金について、県商工会として額を定めた事跡は認められない。しかも、原判決も指摘するとおり、被告人において県商工会あるいは在日本朝鮮人商工連合会から特定の給付又は役務の提供を受けたとは認められない。所論の会費、賛助金は、所得税法三七条一項に規定する必要経費に当たらず、また、所得税法七八条あるいは租税特別措置法四一条の一六が適用される寄附金であるともみられない。

さらに付加すると、そもそも、被告人は、県商工会の会費等支払いの事実について、顧問料という名目でも、捜査段階において全く述べておらず、原審において初めて主張したものである。しかも、最初は会費ではなく、顧問料という主張をしていたもので、原審証人趙南聖の供述に照らしても、そもそも果たしてその主張する特別会費を含めて、会費を実際に支払っていたのか疑わしい。原判決の述べる理由に加えて、昭和五四年分の商工会運営会費領収証(原審弁護人請求証拠請求番号一九の一)は、一九八〇年すなわち昭和五五年以後に作成されたとみざるをえず、しかも、昭和五五年、同五六年の分(前同の2、3)と同一機会に作成された可能性も否定できないのであって、そのことからも疑問を払拭できない。なお、被告人において、所論のとおりこれらを実際支払ったとしても、原判決の説示することは首肯でき、本件会費の必要経費性を認めることは到底できない。

4  青木茂に支払った賃料勘定の主張について

原判決の「第五 パチンコ部門の歩合賃料について」において説示するところは、関係証拠に照らし、おおむね正当として是認することができる。

すなわち、「マンモス城」の土地建物等の所有権は実質的には被告人にあるとみるべきである。二分の一の持分権が青木にあると認めなかった原判決の判断は相当である。被告人が、青木を加えてマンモス城に関しての売買契約書を作成し、同人との共有の登記を経ていることは所論のとおりであるが、同人の捜査官に対する供述調書にもあるとおり、名義を貸した結果であれば、このような書類等形式上の処理がなされることは当然といえるのであって、所論主張の登記名義等は実質的に誰が所有者であるかを決める根拠とはならない。青木の検察官に対する供述調書によれば、同人が名義を貸していたことが認められ、もちろん、同人は賃料等の支払いを受けたことはないというのであり、これは信用できる。この点についての原審証人青木の第二二回、第三六回公判における供述は、受け取った賃料額等内容もあいまい、不自然であって、信用できない。また、青木は、原審第三六回公判供述において、滋賀朝鮮信用組合から融資を受けるために、信用組合法に基づく出資金として二五〇万円を出したと述べているが、青木がそのような出資までして右信用組合から融資を受けなければならない特段の理由があったとも思われない。そして、主張によれば、被告人が青木に支払ったとする金額は、昭和五四年ないし同五六年の三年分で一億七〇〇〇万円の高額に達しているのに、被告人が当審公判で説明する整理精算内容は、この金額と対比しても不自然の感を免れない。

所論は、青木が「マンモス城」をパチンコ営業の名義人である被告人の妻に賃貸して賃料月額四三万円、年額五一六万円の不動産収入があった旨税務申告をしていたと主張する。確かに、弁護人提出の(ア)昭和五四年分所得税確定申告書(一般用)控用、(イ)同所得税の修正用申告書控用、(ウ)昭和五五年分所得税確定申告書(分離課税用)控用、(エ)昭和五六年分所得税確定申告書(一般用)控用をみると、所論のとおり青木が年間賃料五一六万円を申告していた可能性がないとはいえない。しかし、それらのうち、青木の名があるのは(ア)と(エ)、税務署の受付印のあるのは(イ)だけであり、その年には、(ア)でも(イ)でも、一面には不動産所得も収入金額の記載も全くなく、ただ(ア)の二面の不動産の欄に「甲賀郡水口町字名坂」所得金額を「〇」としているだけである。(ウ)では、一面の不動産の収入金額を五一六万円、対応する所得の金額を「〇」としているが、二面には不動産について何の記載もない。(エ)には、一面に税務署と異なる不鮮明な受付印があり、不動産の収入金額を五一六万円、所得の金額を一三万〇三八六円としながら、二面には不動産についての記載はない。(ア)や(ウ)では、後に書き込むこともできないではない。また、昭和五四年ないし同五六年分の青色申告決算書(不動産取得用)控用には、賃貸料五一六万円等弁護人の主張に沿う記載がみられるが、そのなかには右確定申告書等の控用の記載と符号しない点もあり、税務署の受付印もない。たとえ、青木において、そのような税務申告をしていたとしても、その金額は被告人が「マンモス城」に関して青木に支払ったとする金額に符号しないものであって、青木側の税務対策上の処理などとみざるをえない。これらの点が原判決の認定を左右させるものとは思われない。また、所論指摘の青木美佐子作成の確認書(検甲一五五)は、竜王不動産の昭和五四年分から同五六年までの「総勘定元帖」などで、個人としての青木とは関係がなく、内容をみてもニュークラウンの賃料等の記載はあるが、「マンモス城」についての記載はない。

5  以上のとおり、原判決の事実認定には、所論指摘のような事実誤認があるとは認められない。当審で取り調べた証拠、とりわけ被告人の公判供述も納得のできるものではなく、以上の認定判断を動かすものではない。弁護人の論旨は理由がない。

第二その他の点の事実誤認について

一  なお、職権をもって調査すると、未成工事について、原判決には、明白な誤算がある(以下、いずれも、修正金額である。)。すなわち、昭和五四年分の期末(昭和五五年分の期首)について、原判決は、三九三九万〇三九六円としているが、前出大蔵事務官寺谷雄児作成の昭和五八年一月二一日付け査察官調査書に照らしても、それは三九三八万九八九六円であることは明白である。その差五〇〇円については全く根拠がなく、原判決の計算誤りというほかない。次に、昭和五五年分の期末(昭和五六年分の期首)について、原判決は、六〇〇〇万三〇九三円としており、右査察官調査書の計算結果とも符号するが、同調査書では、昭和五五年分のうち、昭和五四年から継続になっていて、昭和五四年に期末未成工事を計上しているものについて、その計上した金額を昭和五五年分の期末未成工事に加算しなければならないのに、これを加算していない誤りがある(ちなみに、昭和五六年分の期末については加算をしている。)。よって、昭和五五年分の期末(昭和五六年分の期首)未成工事は六四七五万七七一五円となる。

二  そうすると、昭和五四年ないし同五六年分について、いずれも、未成工事についての右計算の誤りにより所得金額及びほ脱税額に誤りが生じるので、この点は、原判示罪となるべき事実第一の一ないし三の事実認定について、判決に影響を及ぼすことが明らかな誤りに当たるというべきであり、原判示罪となるべき事実第一と第二は併合して審理判決しているので、原判決全部が破棄を免れない。

よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄する。

三  ところで、前示のとおり、原判決には、昭和五四年分の誤算は別としても、昭和五五年分の期末(昭和五六年分の期首)未成工事に誤りがあった結果、まず同五五年分について、実際総所得金額、正規の所得税額及び申告税額との差額が訴因に掲げられた金額よりも多くなる。しかし、期末未成工事を計上した工事とその支出金額についての認定には何らの誤りはなく、したがって、原判示第一の一ないし三の基礎となる事実は何ら変わらるものではない。しかも、三年次にわたり起訴されているところ、昭和五五年分の期末(昭和五六年分の期首)未成工事に誤りがあった結果、昭和五五年分の実際総所得金額、正規の所得税額及び申告税額との差額がそれぞれ増加した分にほぼ相当する額だけ昭和五六年分において実際総所得金額等がそれぞれ減少するので、正規の所得税額及び申告税額との差額は、昭和五四年分の誤算の訂正分を含め、三年次を通じると、原判決の認定と変わらず、起訴状記載の金額を相当下回る。これらの点を考慮すると、訴因変更の手続きは必要ではなく、直ちに判決をすることができるというべきである。そこで、刑事訴訟法四〇〇条ただし書により、さらに次のとおり判決する。

第三自判

一  原判決の認定した事実(ただし、原判示第一の一の実際総所得金額が「三億五〇五七万四三三〇円」とあるのを「三億五〇五七万三八三〇円」と、正規の所得税額が「二億三九七一万二二〇〇円」とあるのを「二億三九七一万一四〇〇円」と、申告税額との差額が「二億三八四〇万六九〇〇円」とあるのを「二億三八四〇万六一〇〇円」と、原判示第一の二の実際総所得金額が「三億八九七九万八三九四円」とあるのを「三億九四五五万三五一六円」と、正規の所得税額が「二億七五三九万一九〇〇円」とあるのを「二億七八九五万八九〇〇円」と、申告税額との差額が「二億七三九三万二四〇〇円」とあるのを「二億七七四九万九四〇〇円」と、原判示第一の三の実際総所得金額が「四億三七九三万七〇一〇円」とあるのを「四億三三一八万二三八八円」と、正規の所得税額が「三億一一六五万九九〇〇円」とあるのを「三億〇八〇九万三六〇〇円」と、申告税額との差額が「三億一〇二七万二七〇〇円」とあるのを「三億〇六七〇万六四〇〇円」とそれぞれ訂正する。また、以上の各事実中において引用し、原判決に添付する「別紙(一)税額計算書」、「別紙(二)ないし(四)修正損益計算書」の各No.1、No.2の1、No.2の2を、本判決添付の「別紙(一)税額計算書」、「別紙(二)ないし(四)修正損益計算書」の各No.1、No.2の1、No.2の2のとおりそれぞれ訂正する。)に原判決の挙示する法令を適用した刑期及び金額の範囲内で、後記理由により被告人を懲役二年及び罰金二億円に処し、労役場留置につき刑法一八条を、原審の訴訟費用につき刑事訴訟法一八一条一項本文をそれぞれ適用する。

二  量刑についての判断(検察官の控訴趣意 量刑不当の主張について)

原判決は、罪となるべき事実として、所得税法違反についても当審とほぼ同様のもの認定した上、被告人を懲役三年及び罰金二億円に処しながら(求刑懲役三年及び罰金二億五〇〇〇万円)、懲役刑につき四年間執行を猶予することとした。これに対し、検察官は、控訴して、原判決が被告人に対し懲役刑について執行猶予を付した点において、その量刑が著しく軽いので破棄すべきである、と主張している。原判決は、前示のように、事実誤認があるため、検察官の控訴趣意に対する判断をまつまでもなく破棄を免れないのであるが、このような経緯があるので、被告人に対する刑の量定に当たっては、検察官の所論及び弁護人の答弁にかんがみ、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討する。

本件は、滋賀県下において、砂利採取販売等を業とするかたわら、遊技場や飲食店などを営む被告人において、所得税を免れようと企て、ことさら収支に関する記帳を行わず、遊技・飲食関係は妻の事業であるかのように仮装し、その申告もいわゆるつまみ申告によるなどの方法により、昭和五四年ないし同五六年分の三年分の所得税につき、実際所得金額及び分離長期譲渡所得金額の合計が一一億七八三〇万九七三四円であったのに、そのうち一一億五五三五万九七三四円を秘匿して、これが二二九五万円しかなく、これに対する所得税が二八八万七四〇〇円である旨記載した虚偽の所得税確定申告書を提出し、その結果、正規の所得税額が八億二六七六万三九〇〇円(妻名義の申告税額を控除すると八億二二六一万一九〇〇円)であったのに、うち妻名義の申告税額一二六万四六〇〇円を控除した八億二二六一万一九〇〇円の所得税を免れたほか、被告人が代表取締役をしている生コンクリートの製造販売等を業とする法人につき、昭和五四年一〇月以降の二事業年度の法人税につき、売上げの一部を正規の帳簿に記載せず除外するなどして、実際所得金額の合計が六七一二万六一九一円であったのに、そのうち四八〇八万八五五五円を秘匿して、これが一九〇三万七六三六円しかなく、これに対する法人税が五五七万五七〇〇円である旨記載した虚偽の法人税確定申告書を提出し、その結果、正規の法人税額が二五三九万三五〇〇円であったのに、そのうち一九八一万七八〇〇円の法人税を免れた、という事案である。このようにして、被告人の秘匿所得ひいてはほ脱所得税額は極めて高額であり、ほ脱当時の経済状況や貨幣価値からみると、正に巨額とすらいえるのであって、そのほ脱率も所得税について妻名義の申告分を被告人の申告に含めても、約九九・五パーセント、法人税については約七八パーセントの高率に達している。被告人は、このようにしてほ脱した所得を仮名又は無記名の定期預金等として所在を秘匿するなどしていたもので、ほ脱の動機も私財の蓄積保全を図るためなどであって、格別しんしゃくすべきものも見出せない。被告人は、納税手続きについて従前から在日朝鮮人彦根納税貯蓄組合が代行していたことから、多額の利益を挙げるようになってからも同組合を通じて極端な過少申告をしていたものであって、納税軽視の態度も甚だしくこのようなほ脱行為は、納税の公平を損ない、正直な納税者の納税意欲を減退させ、ひいては申告納税制度を根幹から揺るがすものといえる。こうした事情からみると、被告人の刑事責任は重いといわなければない。

被告人は、捜査段階で検察官に対し、在日朝鮮人が日本国籍のある者に比べいろいろの面で不利な扱いを受けているので、正直に実際の所得を申告する必要がないとの気持ちでいた旨供述しているが、たとえ日本国籍がなくても我が国で事業を行うなどして所得を挙げることができるのであるから、納税面で相応の貢献をすべきであることはいうまでもなく、まして本件のような高額の脱税が許されてよいとするなど、身勝手な言い分としかいいようがない。

原判決は、以上に指摘した事情の大半をおおむね是認しながら、在日朝鮮人に対する徴税の過去の経緯やその特殊性のほか、本件公訴にいたる経緯には、被告人が大阪国税局と交渉する機会が与えられなかったことなどの事情を指摘し、被告人の刑事責任を軽減すべき事情としているもののようである。しかし、たとえ納税申告を貯蓄組合に代行させるにせよ、被告人ほどの高額の所得があれば税理士等に依頼するなどして正確な記帳を行い、適正な額を組合に知らせるなどして納税申告すべきであって、これが難きを強うるものとは思われない。また、こうして、すでに発生した高額のほ脱に関する刑事責任の程度が、所轄国税局との交渉の機会を持つかどうかで特段に動かされるものとはいえない。弁護人が主張するように、在日朝鮮人に対する徴税の実態や経緯などを考慮するにしても、それには自ずと限度があるといわなければならない。

そうすると、原判決が指摘する被告人に有利な事情のほか、原判決後も加算税と延滞税の未納分につき毎月三〇〇万円ずつの分納を続けていること、その他弁護人が指摘し、あるいは記録上認められる被告人に有利な事情を十分しんしゃくしても、被告人に対し懲役刑の執行を猶予するのは相当ではない。それにもかかわらず、被告人に対し懲役刑の執行を猶予した原判決の量刑は不当に軽いといわざるを得ない。以上のほか、諸般の事情を参酌して、主文のとおり判決する。

(裁判所裁判官 小瀬保郎 裁判官 高橋通延 裁判官 萩原昌三郎)

別紙(一) 税額計算書

別紙(二) 修正損益計算書

別紙(二) 修正損益計算書

別紙(二) 修正損益計算書

別紙(三) 修正損益計算書

別紙(三) 修正損益計算書

別紙(三) 修正損益計算書

別紙(四) 修正損益計算書

別紙(四) 修正損益計算書

別紙(四) 修正損益計算書

平成元年(う)第一〇七五号

控訴趣意書

所得税法違反

法人税法違反

安田こと安千一

右被告人に対する頭書被告事件につき平成元年八月四日大津地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から申立てた控訴の理由は、次の通りである。

平成二年六月二五日

弁護人 浜田博

大阪高等裁判所第五刑事部 殿

第一 控訴申立ての趣旨

原判決は、罪となるべき事実として殆ど公訴事実をそのまま認め、弁護側が各年度の所得の減少すべき事実を証拠によって立証したにもかかわらず、この証拠の評価を誤って事実を認定した事実誤認の判決であるので、破棄を免れないものと思料する。

第二 控訴申立ての理由

一、公訴事実の各年度の総所得金額に対し、弁護人がこれより減額を主張してきた科目と金額は別表(1)のとおりである。

二、これによると減額科目として弁護人が主張してきたものは、

(1)「売上勘定」に架空売上があるのでその額を総所得金額から差引くこと。

(2)「仕入勘定」に検察側が未成工事費を計上して減額したのでそれを仕入勘定にもどし、総所得金額から差引くこと。

(3)「支払会費勘定」の計上もれがあったので、これを計上し総所得金額から差引くこと。

(4)青木茂に支払った「賃料勘定」の計上もれがあったのでこれを計上し、総所得金額から差引くこと。の以上四項目の主張を弁護人はしている。これを各証拠の証明の対象として簡易化したものが別表(1)であるので、以下四項目の勘定別に事実誤認がどういうところにあるのかを述べる。

三、架空売上について

(1)判決では別表(1)の桂甚大中の一部を認め、他を排斥し、その理由は架空売上という水増請求の「発生源」となった取引と架空売上との関連性がないこと、および帳簿、メモ、手帳自体からその額が確定できないというのが理由である。そして検討の対象は主として弁第三号証にのみ重点を置いている。

(2)弁護人の主張は実在取引は証憑書類があるのに架空取引は証憑書類がないという主張をしてきたがそれに対する判断が判決にはみられない。

(3)会計実務ではどの取引でも領収書などの証憑書類に基づいて日時、科目、金額を仕訳伝票に記帳する。

弁護人は架空売上の発生源となった水増取引を桂甚大中組では特定し、秋村組では返金取引の時に特定しており、その中の実際取引には運転日報があるが、架空取引には運転日報がないから、検察側も架空取引でないのなら運転日報を一枚でも証拠として提出して下さいと主張しているのである。弁第九号証は押収帳簿をそのまま選別して、例えば大中組に関し帳簿記載どおりの取引を(1)から(429)番まで全部整理しその番号に応じて運転日報を整理し、日報のないものが架空取引であるという証拠方法を基本としている。そしてこれを補充するものとして弁第三号証を補強し、売上元帳上のメモ、鉛筆書の状況、メモ、手帳の記載を押収書類中からそのまま選出し、メモの取引の額と一致するという補強的な証明方法で立証している。その詳細は第一五回および二五回公判の菊井の証言のとおりである。原判決はこのような合理的な証明方法には何等判断をさけている。

(4)このため架空売上の発生源となった水増取引との関連および秋山組の返金取引は特定しているのであるから、弁護人の前記弁第九号証、弁第三号証の反証として検察側は一枚の運転日報でも押収目録から提出すれば足りるのに、この点判決は何も言及していない。(別表(2))

これは証憑書類に基づく仕訳記帳という原則を無視しているが、真実は架空取引には運転日報がないから提出できないのである。

(5)補強として押収書類から選出した弁第三号証の帳簿のメモ、メモ用紙の記載、手帳の記載について原判決はこれを証拠評価の中心として詳しく検討されているが、弁護人としてはこの記載は事前に搜査を予想して記載されたものではなく、むしろ後日現金をバックする重大な約束のために返すべき金額を記載したもので信憑性としては、補強証拠として極めて高い記載である。

四、未成工事について

(1)原判決は弁護人が押収書類から選出した売上元帳及びその証憑書類である注文書を中心に検討され、「被告人は山土等を工事現場に搬入するにとどまらず、併せて盛土掘削等の工事も受注した」という証拠評価と理由で弁護人の主張をしりぞけている。

(2)この未成工事勘定の証憑書類は弁第四号証の注文書である。通常請負工事の証憑書類は四全協形式による請負契約書が利用され、売買契約又は同契約の注文書とは内容が異なっている。

しかし、この弁第四号証の注文書は日時、山砂の種類、数量、搬出場が記載されるだけで証憑としては売買である。又中には原判決が示すように「道路盛土工事一式」「土工工事一式」という一部工事の記載があるが、これは被告人のこの記載に対する供述(第二九回)でも「砂利を定まった重量で販売するのと異なり、盛土で一杯にするまでの量を販売する」という数量の定め方を記載したもので、単なる数量表示の方法の違いを請負と誤ったものである。

(3)更に注文書の殆どの記載からはその値段についてはすべて山砂等の材料の数量が単価に乗ぜられた値段となっている。そこには労務を提供した対価として、「労務費、運搬費、光熱費」という原価の記載が全くないことである。これは請負契約であれば、注文書にその都度原価が記帳されるのに全く記載がない。

(4)このように注文書と被告人のこれに沿う供述からは、この注文書は売買契約の証憑で、一部数量の表示方法として工事一式と書かれていてもこれは請負ではないのが明白であり、仮にこれが工事請負だとしても弁第四号証としてはほんの一部であり、その他の注文書の分まで請負だという理由は成立しない。

よってこの未成工事の金額を計算し、仕入代金として計上したのが別表(1)に各年度に表示したとおりである。

五、会費・賛助金について

(1)原判決はまずこの勘定の支払自体に疑問があるとし、仮に支払ったとしても、県商工会に会費の規約もなく、そのうえ商工会は会費に対応する特定の給付役務を提出していないことを理由に寄付金だとしている。

(2)まず弁第二五号証の二の在日朝鮮人商工連合会規約の第一一条には「会員は所定の分担金と会費を納付する義務がある」とし、第三六条では「本会の経費は一般会費、分担金、賛助金、及び事業利得金で充当する」とあり第三三条に、「地域商工会機関に関する規定は地方商工会機関に準ずる」との規定があり、この規定に基づき証人の滋賀県商工会会長趙南聖の公判廷での供述で「滋賀県では会員の収入を考慮して会費ごとに決定され被告人の場合は弁第一八号証の一、二、三、同一九号証の一、二、三のように会費と賛助金を決定したことを供述している。

このように会費の規約は本部の規約に準じているうえ、具体的な会費は右商工会と被告人とで決定され、その領収証もある。

(3)更に同証人も会として会員には金融、経営等を指導し、特に被告人の場合には運輸一般労組のストライキに対し、その解決方法を詳しく指導援助していたのである。よって原判決の判示のように単なる寄付ではない。被告人は寄付としてはこの会費とは別に滋賀県本部に年間二二、〇〇〇、〇〇〇円の寄付をしているが、これは弁護人は寄付として今回の会費のように経費の主張をしていない。このように団体に会費は必要なものであるのに、日本人の団体の商工会の会費と同じように朝鮮人にも支払った会費は経費として認めるのが妥当なものと思料される。

六、青木茂に支払った賃料について

(1)原判決の認定は賃料支払の基礎となる、ニュークラウンとマンモス城の土地建物の所有権は青木茂にはなかったのであるから賃料は発生しないという趣旨の判示をしている。

特にマンモス城については「マンモス城の土地建物は当初から実質的には被告人の単独所有であった」と認定している。

(2)マンモス城の所在地は登記簿謄本によると甲賀郡水口町東名坂二八三番地一ほかで、昭和五一年六月三日付売買により水田商事株式会社より、被告人と青木茂が共有で売買によって取得している登記になっている。これは原判決がいうように青木に権利がなく、被告人の単独所有であるという認定は、次の証拠による誤った認定であることを述べる。

(3)弁第二三号証の一、二、三は昭和五四年及び五六年度の青木茂の税務申告書であり、これは被告人の搜査以前に作られた書類である。

これによると、青木茂は被告人(妻名義)に、「甲賀郡水口町字名坂」の土地を「月額四三万円、年額五一六万円」で貸して不動産所得があったことを申告している。これは検甲一五五号証の青木の妻美佐子の記帳していた帳簿と一致している。そしてこの記帳からは実際に弁護人のいう表面賃料が被告人から青木に支払われていたと、認定するのが自然である。

(4)これによって弁第二四号証の四の不動産売買契約により、水田商事(株)から被告人と青木が代金二億一千万円で取得し、その購入資金の一部として弁第二四号証の三の借入申込書に昭和五一年五月二九日付で二五〇〇万円の借入がなされている。このように登記、税務申告、借入契約という証拠が一致している以上、マンモス城の土地建物は青木、及び被告人がいうとおりその共有とみるのが妥当だと思料される。

(5)次に原判決は歩合賃料算定の基礎となる荒利益の算定方法に明確な合意がないとしている。

(6)しかし荒利というのは商人間では固定した概念で、売上からは仕入原価、更に一般経費を差引いたものであって、明確なものである。

本件で特徴的なのは遊技業の荒利の計算は非常に正確で何々国税局の修正がなかったことである。一般の遊技業の調査では売上の除外や経費の水増がつきまとうものであるが、本件で修正がなかったのも青木との関係で荒利益の半分を国本武が計算しそれを青木に渡すためであったと考えられる。この荒利と実際に青木に支払った金額は国本武作成の検甲二〇一号証と西中敏広作成の弁第一一号証であり、青木に支払った各年度の金額をこの証拠に基づいて示すと別表(3)とおりである。

(7)原判決は青木に対する支払分について、青木に所有権がなかったこと、荒利が明確でなかったことを主たる理由としているが以上のような物証に反した認定であると思料する。

以上

別表(1)

54年度

55年度

56年度

別表(2)

別表(3)

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